昨日の記事では、ピアノの構造上、最も美しく響く「エスケープメント・ポイント」についてお話ししました。
「狙う場所」は分かりました。
では、その場所を狙うために、私たちは**「身体」をどう使えばいいのでしょうか?**
いよいよ大人のピアノレッスンシリーズ最終回。
今日は、私の奏法の核心である**「身体の法則」**についてお話しします。
最初に結論を申し上げます。
指を鍛えることよりも、何よりも先にやるべきこと。
それは……
「自分の身体の感覚に意識を向け、観察すること」
これに尽きます。
合気道で学んだ「脱力」の正体
なぜ「観察」なのか?
そのルーツは、私が20代の頃に没頭した**「心身統一合氣道」**にあります。
心身統一合気道には、技をかける以前の基礎として「統一道」という稽古があります。
ただ立つ、座る、腕を出す。そんな単純な動作の中で、「全身の力を抜く(脱力)」「重みを下に落とす」ことを徹底的に叩き込まれます。
しかし最初の頃、私はこう思いました。
「力を抜けと言われても、どうすれば抜けるの?」
「重みを下って、どういうこと?」
言葉の意味は分かっても、身体がいうことを聞きません。
そこで気づいたのです。
達人たちの言葉は、**「(正しく体を使った)結果として、そう感じる」**という感想を述べているに過ぎないのだと。
まだその感覚がない私が、言葉だけを真似しようとしても無理な話でした。
ピアノも同じ。「結果」として現れる音
ピアノも全く同じです。
「肩の力を抜いて」「手首を柔らかく」
先生にそう言われて、必死に力を抜こうとして、かえって変な力が入ってしまった経験はありませんか?
大切なのは、外側からの命令で体を動かすのではなく、内側の感覚(センサー)を磨くことです。
⚫︎どこか一箇所を動かした時、背中はどう反応しているか?
⚫︎指先から鍵盤に触れた時、座骨(お尻の骨)はどう安定しているか?
このように、自分の身体を微細に「観察」できるようになると、不思議なことが起こります。
無理に脱力しようとしなくても、「結果として」余分な力が抜け、音が美しく変わるのです。
「寝ている間に上達する」脳の仕組み
この「観察する練習」の面白いところは、**「脳が勝手に仕事を始める」**ことです。
私が日々体験していることですが、練習中にだんだん上手くいってきた時、あえて完璧を目指さずに「今日の練習はこのくらいにして、また明日弾こう」と切り上げることがあります。
すると翌日、昨日よりもはるかにスムーズに、自然に弾けるようになっていることがよくあるのです。
まるで、寝ている間に脳の中で情報が熟成されたかのように。
これは、私が学んでいるフェルデンクライスの先生が仰る「脳の仕組み」にも、理にかなっています。
フェルデンクライスのレッスンでは、身体の動きを繊細に観察した後、必ずじっと横になって身体の変化を味わいつつ、**「休む時間」**を取ります。
実は、この「休んでいる間」にこそ、脳の中に新しい回路が出来上がるのだそうです。
もしこれが「指を動かす筋トレ」であれば、休めば筋肉は落ちてしまいます。
しかし、私たちがやっているのは**「感覚を入力する作業」**。
だからこそ、脳が睡眠中や休息中に、バラバラだった情報を繋ぎ合わせ、回路を完成させてくれるのです。
忙しくて長時間練習できない大人の方こそ、この**「脳に任せる練習法」**を知っていただきたいのです。

【写真 私の演奏中。撮影:谷川由紀子】
今すぐ試せる!身体感覚のヒント
文章だけですべてをお伝えするのは難しいですが、私のレッスンで大切にしている「感覚のヒント」をいくつかご紹介します。
これを「やらなきゃ!」と思うのではなく、**「こんなイメージを持ったら、身体はどう反応するかな?」**と実験するつもりで読んでみてください。
⚫︎「指で弾く」意識を捨てる
一度、指のことは忘れましょう。指は単なるアンテナです。
⚫︎「水」のイメージを持つ
腕の付け根から指先に向かって、さらさらと水が流れていくイメージを持ってみてください。水は高いところから低いところへ流れます。
⚫︎指先は常に「下」
弾いていない指を、空中にピーンと持ち上げていませんか? 重力に任せて、指先は常に下へ。
⚫︎全身のつながりを感じる
指先、手首、腕、肩甲骨、そして背骨を通って、椅子の座面に当たる「座骨」、さらには足の裏まで。
一本の管でつながっているような感覚です。
21日間の旅を終えて
「速く弾こう」「形だけ整えよう」と焦らないでください。
丁寧にコツコツと、自分の身体を観察し、出てくる音に耳を澄ませる。
その先に、あなたがずっと求めていた**「自由な演奏」**が待っています。
さて、実は今日で**「ブログ21日間連続更新チャレンジ」**の最終日でした。
前半17日間は、お子さんの成長の物語を。
そしてラスト4日間は、大人のための深遠な奏法のお話を書いてきました。
長年、レッスン室の中で生徒さんと共有してきた「身体と音の秘密」を、こうして言葉にしてアウトプットできたことは、私にとっても大きな発見と喜びでした。
私の言葉が、ピアノに悩む誰かのヒントになれば幸いです。
これからは更新ペースを少し緩めますが、
「もっと詳しく知りたい」「実際に自分の身体で体感してみたい」と思われた方は、ぜひ一度、レッスン室へ遊びにいらしてください。
文字では伝えきれない「感覚」を、あなた自身の身体で受け取っていただく準備は、いつでもできています。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!